Q. なぜかつて「有事の円買い」と言われていたのか?
A. 「円が安全だから買われる」というより、有事になると円が買われる構造的な仕組みがあったからだ。その仕組みが今は変わりつつある。
理由①:世界最大の対外純債権国——有事に「お金が戻ってくる」
日本は長年、世界で最も「海外にお金を貸している国」だ。生保・年金基金・企業が膨大な外国資産(米国債・外国株など)を保有している。
有事になると日本の投資家がリスクを嫌い、海外投資を引き上げて日本に戻す(レパトリエーション=資金の本国回帰)。外貨を売って円を買う動きが起き、円高になる。
理由②:円キャリートレードの巻き戻し——これが最大の理由
日本は長年ほぼゼロ金利だったため、世界中の投資家が「円を借りて高金利通貨で運用する」キャリートレードをやっていた。
キャリートレードとは
金利がほぼゼロの円を借りる → ドルや豪ドルなど高金利通貨で運用 → 金利差が丸儲け
(例:円で借りて年利0.1% → ドルで運用して年利5% → 差の4.9%が利益)
有事になるとこのポジションが一斉に解消される。「解消」とは「ドルを売って、借りていた円を返す」ことだ。円を返すために円を買う必要があるので、円の需要が急増する。
「円が安全だから買う」のではなく、「借りた円を返すために買わざるを得ない」という構造だ。
理由③:国債がほぼ国内保有——急激な売りが起きにくい
日本国債の約9割は国内の銀行・生保・年金が保有している。
「でも国内投資家だって不信感があれば売るのでは?」
もっともな疑問だ。ただ、国内投資家には売った後の行き場がないという構造的な縛りがある。
・日銀当座預金に置く → 金利はほぼゼロ、大して変わらない
・外貨に逃がす → 為替リスクを丸ごと取ることになる
・国内の別の安全資産 → 実質的に国債しかない
一方、外国人投資家は売ればドルに戻るだけなので動きやすい。「9割が国内保有」とは外国人の比率が低いことを意味し、一斉売りのトリガーを引く主体が少ないという話だ。
なぜ「かつては」になったのか
2022年以降、状況が変わった。
金利差の拡大
米国が急激に利上げする一方、日銀はゼロ金利を維持。金利差が開いたことで円キャリートレードがさらに拡大し、円は「借りやすい通貨」として大量に売られた。2024年には1ドル=160円を超える円安になった。
有事でも円が売られる局面が出てきた
かつては有事=円高だったが、金利差が大きくなると「円を持つ機会コストが高い」と判断され、有事でも円が買われない場面が増えた。
「有事の円買い」は安全神話ではなかった
円が有事に強かったのは「日本が安全な国だから」という信頼より、対外純債権国としての資金回帰とキャリートレードの巻き戻しという機械的な構造によるところが大きかった。その構造が金利差の拡大によって変わりつつある。