お金の基本

Q. 潜在成長率ってなんだ?——経済が無理なく出せる最大の成長率

A. 物価が上がったとき「需要が多すぎるせいか、外部コストが上がったせいか」を判断する物差しになる指標。この判断で日銀の利上げ・見送りが決まる。

インフレには2種類あり、対処法がまったく違う

需要が多すぎるインフレ

「買いたい人が多すぎて値段が上がっている」→ 利上げで需要を冷やせば落ち着く

外部コストが上がったインフレ

「輸入材料費・エネルギー代が上がっている」→ 利上げしても材料費は下がらない。需要を冷やしても意味がない

問題は「今どちらのインフレか」が、見た目だけではわからないことだ。そこで使うのが潜在成長率だ。

「経済の天井(潜在GDP)」とは

日本全体の人・設備・技術をフル稼働させたとき、生み出せる価値の上限のこと。この天井が毎年何%高くなるかが潜在成長率だ。

ただし、この「天井」の値は直接測れない

「今年の天井は〇〇兆円」という数字は、統計から直接読み取れない。過去20〜30年のGDP実績・労働人口・設備投資のトレンドから「だいたいこの傾きで伸びてきた」という長期線を引き、今年の値を外挿して推計する。今年の需要から今年の潜在GDPを引くわけではなく、長期トレンドの延長線上にある。だから内閣府と日銀で推計値が微妙にずれる。日本は0〜0.5%程度と推計されており、先進国の中では最低水準だ。

その過去のトレンドから推計した潜在成長率から潜在GDPを導き出し、需要との関係を見る。仮に潜在GDPを「1,000」とすると:

需要800

GDPの統計から直接わかる(GDP=800)。設備・人員が余る → 値下げ・賃金停滞 → デフレ圧力(日本がデフレだった時代)

需要1,000

GDPの統計から直接わかる(GDP=1,000)。フル稼働で価格は安定

需要1,200

GDPからはわからない(GDPは1,000止まり)。「1,200個作った」という記録は残らない。CPI・賃金・有効求人倍率・PMI受注残などの指標から「1,200相当の需要があるはずだ」と推測する

これでインフレの種類が判断できる

GDPが800(潜在GDPを下回る)なのにインフレ → 需要は少ないのに値上がりしている → コストプッシュ型(輸入コスト・円安など)と判断

需要が1,200相当(潜在GDPを超えている)でインフレ → 需要が多すぎて値段が上がっている → デマンドプル型と判断

日本の直近のインフレは「GDPが潜在GDPを超えていない状態で、輸入コストと円安が押し上げた」と判断されていた。だから日銀は利上げを急がなかった。

日本のGDPギャップの推移(1980年〜)

バブル期は需要が天井を大きく超えていた(正値)。リーマンショックとコロナでは急激に天井を下回った(負値)。直近はわずかに正の水準で、緩やかな需要超過の状態だ。

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「需要が天井を超えている」をどうやって知るのか——症状で逆算する

天井超えの需要は記録に残らない。この症状を複数の統計で観測して「需要が過熱しているはずだ」と逆算する。

① 値上がり

→ CPI(消費者物価指数)

「買いたい人が多いから値段を上げられる」という状態。総務省が毎月発表。東京都区部CPIは全国より1ヶ月早く出るため先行指標として使われる。

② 賃金上昇

→ 毎月勤労統計・春闘

人手が足りないから賃金を上げないと人が来ない、という状態。厚労省「毎月勤労統計調査」(毎月)と連合の春闘集計(毎年3〜4月)で確認する。日銀が最も重視するのがこれだ。

③ 人手不足・求人過多

→ 有効求人倍率

「仕事の数 ÷ 仕事を探している人の数」。1を超えるほど人手不足。厚労省が毎月発表。需要過熱の最もわかりやすいサインの一つ。

④ 受注残・納期の長期化

→ PMI受注残指数・機械受注統計

「注文は来ているが作りきれない」という積み残し。S&Pグローバルが毎月発表するPMIに「受注残指数」という項目があり、50超なら積み残しが増加中。経産省「機械受注統計」でも確認できる。

逆に需要が天井を下回っているときは

設備や人員が余る → 値下げ圧力・賃金停滞・求人減少という逆の症状が出る。日本がデフレだった時代はこちらの状態が長く続いた。

天井の伸び(潜在成長率)を決める3要素

労働——働く人が増える

人口増加・女性や高齢者の就業増など。日本は逆に毎年減っている(人口減少)。

資本——設備が増える

工場・インフラへの設備投資。日本は長年低迷している。

TFP——効率が上がる

技術革新・AI活用・業務改善など。人も設備も変わらないのに生産量が増える部分。

日本が0〜0.5%な理由

働く人が毎年減り(人口減)、設備投資も少なく、効率化も他国より遅い。天井の伸びがほぼ止まっている状態だ。

正直なところ——曖昧さを認識した上で使う指標だ

「現在の潜在成長率」ですら、データが揃ってから数ヶ月〜1年後に推計するものだ。本質的に後付けの指標で、TFPが逆算である以上、使うデータや期間を変えれば答えが変わる。内閣府と日銀で推計値が微妙にずれるのも、どちらかが間違っているのではなく、そういう性質の数字だからだ。

2022年のFRB(米連邦準備制度)はインフレを「一時的」と判断し続けて対応が遅れ、後から「判断ミスだった」と認めた。当時もGDPギャップや潜在成長率は計算していた。それでも外れた。

では、なぜ使うのか

「曖昧でも、ないよりマシ」だからだ。完璧な指標がない中で、複数の不完全な指標を並べて多数決的に判断するしかない。潜在成長率はその一つにすぎない。

実務的には「0.3%か0.5%か」の精度より、「日本は低成長の国だ」というストーリーの土台として使う。その基準線をもとに財政・金融・社会保障のシナリオを組み立てる——そういう使い方が実態に近い。