Q. 円安は金利差だけの問題なのか?——介入しても利上げしても止まらない理由
A. 金利差は「日々の値動き」を説明する要因としては正しい。ただしその下に「円を買う実需が細った構造」と「利上げしたくてもできない財政」という2つの層がある。金利差は症状で、構造が病因だ。
「円安は金利差」はどこまで正しいか
「円安の主因は日米金利差」という説明は間違いではない。低金利の円を売って高金利のドルで運用すれば、持っているだけで金利差分を稼げる(キャリートレード)。世界中の投資家がこれをやるから円が売られる。
ヘッジファンドの円売りポジションが積み上がるのも、米国の利上げ・利下げ観測で円相場が動くのも、このレイヤーの話だ。「今週・今月の円相場」を説明する変数としては、金利差が最有力で間違いない。
でも、それだけでは説明できないことが起きる。
金利差では説明できない3つの事実
① 日銀が利上げしても、円安が止まらない局面がある
金利差が主因なら、日銀が利上げして金利差が縮まれば円高に戻るはず。ところが利上げ後も円安が進むことがある。金利差の変化と円相場の動きが、一致しないのだ。
② 巨額の為替介入をしても、効果が続かない
政府・日銀が何兆円も投じて円買い介入をしても、数週間〜数ヶ月で元の円安水準に戻ってしまうことが繰り返されている。一時的な投機を叩くだけなら介入は効くはずだが、効かない。つまり相手は投機ではなく、もっと恒常的な何かだ。
③ 実質実効為替レートは、数十年ぶりの低水準にある
物価の違いを調整した「円の実力」を示す実質実効為替レートは、1970年代の水準まで下がっている。ここ数年の金利差だけで、数十年分の下落は説明できない。長い時間をかけて積み上がった構造がある。
2つ目の層:円を買う実需が細った——「戻らない円」
かつての日本には、構造的な円買いの流れがあった。
昔:輸出で稼ぐ → 輸出企業がドルを円に交換する → 恒常的な円買い → 円を支える力
この流れが、3つの変化で細ってしまった。
① 貿易収支が赤字体質になった
エネルギー輸入に加えて、海外テック企業への支払い(デジタル赤字)が拡大。モノとサービスの取引では、円を売る方が多くなった。
② 経常黒字の中身が「円に戻らないお金」に変わった
日本全体の対外収支(経常収支)はまだ黒字だ。ただしその中身は、輸出の稼ぎではなく、海外子会社の配当や利子(第一次所得収支)が中心になった。この稼ぎの多くは現地でそのまま再投資され、円に交換されない。帳簿上は黒字でも、円買いの実需にはならないのだ。
③ 家計まで円売りに参加し始めた
NISAを通じて、個人が毎月コツコツ外国株の投資信託を買う。これは毎月自動的に円を売ってドルを買う行為だ。かつて「円を支える側」だった家計の貯蓄が、円売りのフローに変わりつつある。
介入が効かない理由はここにある。介入が戦っている相手は一時的な投機ではなく、毎月発生し続ける恒常的な円売りの流れだからだ。
3つ目の層:そもそも「なぜ金利差が縮まらないのか」
ここが一番深い層だ。「金利差が円安の原因」と言うなら、次の疑問が出るはず——では、なぜ日銀は金利差を縮められないのか?
政府債務が大きすぎて、日銀が自由に利上げできない
利上げすると政府の利払いが膨らむ。物価だけを見て金利を決めるべき日銀が、財政への配慮で身動きを縛られる——これが財政ドミナンスだ。市場が「日銀は本気で締められない」と見れば、円を持つ理由は削られ続ける。
財政拡張が通貨の信認を削る
景気対策のたびに国債発行で財政を拡張する。将来の増税かインフレでしか返せない借金が積み上がるほど、「円の将来価値」への信頼が下がる。円安圧力はその表れでもある。
成長期待の剥落
日本経済が成長すると思えば、海外からお金が入ってくる(円買い)。成長しないと思えば、お金は入らず、国内の資本も外に出ていく(円売り)。長期の円安の底流には、「日本で運用しても増えない」という期待の剥落がある。
つまり因果は「金利差だから円安」ではなく、「利上げできない構造だから金利差が固定され、円安が続く」。金利差そのものが、財政と成長期待の「結果」なのだ。
まとめ——円安の3層構造
第1層:金利差(速い・循環的)
日々〜数ヶ月の値動きを決める。ニュースで語られるのはほぼこの層。
第2層:実需の構造(遅い・恒常的)
貿易赤字体質・戻らない経常黒字・家計の円売り。介入が効かない理由。
第3層:財政と成長期待(最深部)
利上げできない構造が金利差を固定する。金利差は症状で、こちらが病因。
一度の利上げや介入で円安が終わらないのは、第2層・第3層が動いていないからだ。逆に言えば、円安が本当に反転するとしたら、それは金利差の縮小ではなく構造が変わったときということになる。